空海・遣唐使ゆかり地
五島空海ゆかりの地をちょい旅(ゴトウクウカイユカリノチヲチョイタビ)
福江|
岐宿|
三井楽|
玉之浦
五島家代々の祈願所で、重要文化財に相当する逸品もあります。
明星院は、五島家代々の祈願所で、現在の本堂は第28代盛運公が安永七年(1778年)に建立したものです。五島においては真言宗の本山であり、寺としては五島最古の歴史を持っています。
本堂格子天井の花鳥の絵は異国の花鳥と思われる絵が多く、狩野永徳の高弟大坪玄能筆と伝えられています。
弘法大師が唐からの帰途参籠された院内には、鎌倉室町時代の仏像仏具が多く、中には重要文化財に相当する逸品もあります。
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遣唐使船日本最後の寄泊地
魚津ヶ崎公園の岬には、「遣唐使船寄泊地」の碑が建てられています。
長く険しかった当時の船旅に思いをはせながら、遣唐使ゆかりの地をしのぶ観光客が多く訪れています。
遣唐使たちの想いを今に伝える
岐宿町白石は遣唐使船最後の寄泊地。第16次遣唐使船(804年)には、空海や最澄も乗っていました。
彼らも美しい白石湾を眺めながら、大海を渡る覚悟を新たにしたことでしょう。
この石は遣唐使たちが船の修理や食料補給、風待ちをするために港に入った際、とも綱を結わえたといわれています。
遣唐使たちの命をかけた偉業を讃え、地元では小さな祠を建てて漁業、海上安全の神としてこの石を祀っています。
ともづな石は地元の人々の手によって大切に守られているのです。
ともづな石が祀られている小さなお堂には、テーブルや座布団などちょっとした日用品が置いてあり、この場所が地元の人々のコミュニティの場ともなっていることが分かります。
そっと手を合わせると、心が温かくなるスポットです。
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旧三井楽町の地域づくりのキャッチフレーズである「西のはて万葉の里づくり」の拠点施設として整備されました
白良ヶ浜一帯を活用し、万葉公園として整備。
公園は、イベント広場、多目的広場、冒険広場、万葉広場の4つのゾーンから構成されています。
公園のポイントとしては、ほぼ中央部の高台に「遣唐使船型展望台」を設置、朱色の船艇が公園のシンボルとなっています。この展望台からは、白良ヶ浜が一望できます。
また、国道脇の中央部に「万葉広場」と称し、故犬養孝先生揮毫の万葉歌碑があり、それを中心にハギ、ヤマブキ、ウメ、マツなどの万葉の植物5万本を(草、花を含む)を植栽しています。
現在まで受け継がれた文化の伝承とともに、特産品の開発・観光土産品の販売促進、コミュニティ機能を兼ね備えた産業文化施設
【万葉シアター】…遣唐使と万葉をテーマとした映像を上映。
【展示コーナー】… 遣唐使や万葉に関連した資料の展示。
【インフォメーション】…9面マルチ映像による五島三井楽町の紹介。
【物産販売コーナー】…五島市の特産品や万葉グッズの販売。
【研修室】…地域の会議や、生け花講習、ステンドグラス教室などに利用。また、団体様用のお食事会場としても利用可能です。
【和室】…収容可能人員80名。歓送迎会や、忘年会など各種宴会対応可能。
【レストラン】…収容人員80名(団体客利用も可能)ランチ・ディナーもお楽しみいただけます。焼肉コーナーでは、五島牛を存分に堪能できますよ。
人気は、金・土・日・祝日のランチタイムに実施される「ふるさとバイキング」。
五島市三井楽町の婦人会の方と共同で地元の食材、地元の調理法にこだわった、郷土料理バイキングを楽しめます。五島うどん、ひじきの煮物、山菜の天ぷらなど、季節の料理約40種類を提供しています。郷土料理だけでなく、カレー、グラタン、パスタなど、ふるさと館のシェフが作る洋食もバランスよく用意されており、オススメです。
12月第2日曜日には『三井楽産品まつり』、2月には『五島つばきマラソン』、その他万葉まつりなど多彩なイベントも開催されます。
空海記念碑。空海の偉徳を顕彰するため柏崎公園に建立。
遣唐使にゆかりのある五島市三井楽町と、第16次遣唐使船(804年)で唐に渡った僧空海と深くかかわりのあることを広く紹介し、その偉徳を顕彰するために建立されました。
姫島を背に「辞本涯」(日本のさいはてを去るの意)と刻まれています。
この草原に立ち、東シナ海の大海原を眺めるとき、「日本のさいはての地よ、さようなら」の感慨にひたり、命をかけて唐に渡っていった人達の勇気と偉業を偲び、ただただ頭の下がる思いがします。
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北風変形した
この草原の先は、東シナ海を経て中国大陸。冬の季節の北風を荒波を物語るように変形した樹形も点在し、島ならではの姿を見せています。ここから眺める夕陽は絶景。波の音を聞きながら見る夕日は、忘れられない五島の想い出のひとつとなるでしょう。
弘法大師・空海が帰朝の途、大宝の浜に上陸し暫くここに滞在したことから「西の高野山」と呼ばれている。
大宝元年(701年)震旦の国(現在の中国)より三論宗の祖師、道融和尚が来朝し弥勒山観音院大宝寺を開創する。また、第41代持統天皇の勅願寺でもある。
その後大同元年(806年)、空海が帰朝の途、この地に滞在し大宝寺において本邦初めての真言密教の講莚を行い、三論宗を真言宗に改宗する。
室町時代の涅槃図、我が国最古の大般若経、凡鐘(県文化財)、日本三大秘仏の聖観音像、左甚五郎作と伝えられる猿の彫刻がある。
五島の海の玄関口
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